【エッジーナの名言】ビヨンセ「名言私がなりたいのはポップスターじゃないわ。レジェンドよ」

 

私がなりたいのはポップスターじゃないわ。レジェンドよ

 

 

ーービヨンセ(Beyonce Giselle Knowles 1981-) 

アメリカの歌手、シンガーソングライター、ダンサー、女優

 

 

ビヨンセは、アメリカの歌手、シンガーソングライター、ダンサー、女優です。201052回グラミー賞においては6部門という、女性アーティストでは史上最多受賞の記録を持っています。

 

今回はそんな「アメリカのエンタメ界の女王」の名言を経歴とともにご紹介していきます。

 

ビヨンセ・ジゼル・ノウルズは198194日にテキサス州ヒューストンで生まれました。幼少期は「歌が上手な女の子」として母親が働いていた美容室でお客さんに歌を披露したり、学校主催のタレント・ショーに出場したりしていたそうです。

 

◇ディステニーチャイルド

彼女が10歳前後の頃、両親のすすめで地元の女の子たちと「ガールズタイム(Girl’s Tyme)」というグループを結成。このグループがのちに日本でも「ディスチャ」の愛称で知られる大人気グループ「ディステニーチャイルド」の前身となります。当時7人だったメンバーが4人になり、1997年のデビューシングルを皮切りに翌年にはデビューアルバムを発表。すると、瞬く間に全米の大人気グループになりました。

 

◇ソロデビュー

ディスチャのそれぞれのメンバーのソロ活動が頻繁になってきた2000年以降、ビヨンセもソロ活動を開始。2003年にソロデビューアルバム『デンジャラスリィ・イン・ラヴ』 (Dangerously in Love)をリリースすると、デスチャで見せていたパワフルさとは趣を異にする優雅なファンキー・ソウル・アルバムとして大評判となり、セールスでプラチナムを獲得。46回グラミー賞では5部門受賞の快挙を成し遂げしました。

 

◇現在

私生活では2012年、史上最も高く評価されているラッパーの一人であるジェイ・Zと結婚。同年に長女も誕生し、2017年には双子を出産しています。現在も積極的にアルバムを発表し、大手音楽メディアや批評家から圧倒的な支持を集めています。その他にも女優業や音楽プロデューサーなどの活動も行い、妻として、母として、そしてエンタメ界のカリスマとして活躍中です。

 

「私がなりたいのはポップスターじゃないわ。レジェンドよ」

 

今回、取り上げるのはそんなビヨンセのこの言葉です。

 

日本でも「記録ではなく記憶に残る選手になる」といった表現があります。「ポップスター」とは記録的な成功で「レジェンド」とは人々の記憶に残ることと言いかえてもよいのかもしれません。実際、大きな記録(売上や年商など)を出すだけならば、潤沢な資金を注ぎ込み、マーケットを入念に調べ、大がかりな宣伝やプロモーションを行えば不可能ではないかもしれません。しかし、記憶に残るほどの成果を出すにはどうしたらいいのでしょうか?

 

「つらい記憶を乗り越えるよすが(よりどころ)にしてほしいし、悲しい時もハッピーな時も共にあってほしい。私の歌が喜びをもたらすものであってほしいの」

 

こちらもエンターテイナーとして志を語った彼女の言葉です。つまり、ビヨンセが重視していることは、自分のパフォーマンスが「つらい思い出を乗り越える力」や「喜び」といったお金では買えないようなものを人々〝あたえる〟ことができるかどうかではないでしょうか。 ”人々にあたえた感動の大きさ” それこそが彼女の言う「レジェンド」なのです。

 

私たちも、ビヨンセの〝あたえる〟姿勢を見習い「日常や仕事を通じ、社会や人々がハッピーになるために自分は何をあたえることができるだろう」という点に立ち返って日々の行動を選択してみるのもいいかもしれません。