【エッジーナの名言】メアリー・ケイ・アッシュ「私のつまずきは、いつも成功に向かっている」

“私のつまずきは、いつも成功に向かっている。”

ーーメアリー・ケイ・アッシュ

メアリー・ケイ・アッシュ(1918-2001)

起業家

 

メアリー・ケイ・アッシュは、アメリカで知らない人はいないと言ってもいいほど有名な女性起業家。財力もコネクションも何もないゼロの状態から化粧品会社「Mary Kay Cosmetics」を立ち上げると、短期間で業界トップクラスの会社に育て上げ、全米上位500社の企業にランクインするまで成長させました。

メアリー・ケイ・アッシュ(メアリー・キャスリン・ワーグナー)は、1918年アメリカのテキサス州生まれ。幼い頃から父が病気で、母親はレストランで働き詰めの生活、アッシュが7歳の時に兄と姉が家を出たため、彼女も学校に通いながら父の世話を続けていました。

アッシュは17歳の時に結婚して3人の子を出産。しかし、夫が第二次世界大戦へ出征したため、彼女は家族を養うために百科事典の訪問販売を始めます。優れた営業能力によってビジネスは順調に回り始めますが、大切な友人たちから「無理やりいらないものを売りつけられた」と非難を浴び、もっとみんなの役に立つものを売ろうと決意。家庭用品の訪問販売を行う会社に勤めると、すぐさまトップの販売成績を記録し「セールスの女王」と呼ばれるようになりました。

セールスの才覚を如何なく発揮した彼女ですが、まだまだ男性優位の考え方が横行していた同社では、出世するのは自分よりも能力が低い男性ばかり。うんざりしたアッシュは、他の訪問会社に転職します。しかし、ここでも自分が育てた男性社員たちのほうが昇進して倍の給料をもらっていることに気づき、大きな無力感に襲われて仕事を辞めてしまうのです。

 

どんなに頑張っても超えられない社会の壁に打ちひしがれた彼女ですが、本当の戦いはここから始まります。アッシュはこれまで経験してきた営業ノウハウと、理想とするビジネス社会のあり方を整理しているうちに、自分で会社を作ればいいのだと気づきます。すべての人を対等に扱い、功績によって昇進がもたらされ、女性に人としても経済的にも成功をもたらす会社。自分が望んでも決して手に入らなかった場所を、自ら作ることを決意したのです。

彼女は、目先の利益よりも自分が本当に良いと思ったものを売りたいと考えました。そして、自身が愛用していた、革靴の「なめし剤」を混ぜ合わせて作ったスキンローションに目をつけます。早速彼女はそのスキンローションの作り方を買い取り、1963年にわずか5000ドルの資金で起業。Mary Kay Cosmeticsの前進となるBeauty by Mary Kayが誕生したのです。

ダラスで小さな店を開き、10人以下の販売員でスタートした会社は、初年度で20万ドルとういう驚異的な売上を記録。その後2年間で100万ドルの売上高を記録しました。

彼女が大切にしたことは、とにかく商品の価値を販売員に教えること。数字のプレッシャーをかけるのではなく、自社の化粧品を使えばどれだけ綺麗になるかを販売員にわかってもらい、自信を持ってその魅力を顧客に伝えられるようにしたのです。

一方、数字に対するモチベーションを高めるためにインセンティブ制度も積極的に導入。トップ販売員にはキャデラックやダイヤモンドのピンなど豪華なプレゼントを用意し、その功績を盛大に祝いました。

Mary Kay Cosmeticsは順調に成長を続け、2000年には売上高12億ドル、37か国、85万人以上のコンサルタントが働く、アメリカでも有数の巨大化粧品会社となりました。アッシュ自身も3冊の本を出版してベストセラーを記録。数多くの賞を受賞し、アメリカの最も影響力のある女性25人にも選ばれたのです。

大きな挫折を繰り返してきたアッシュですが、そのつまずきがなかったら、もしかするとこれほどの大きな成功を手にしてはいなかったかもしれません。困難に直面した時、「成功に向かってつまずいているのだ」と彼女のようにボジティブな気持ちをどこかに持てると、新しい活力を生み出すことができるのではないでしょうか。