【エッジーナの名言】  ミリセント・フォーセット「勇気は勇気を随所に呼び起こす」

“勇気は勇気を随所に呼び起こす”

ーーミリセント・フォーセット

ミリセント・フォーセット(1847-1929)活動家、経済学者

 

女性が冷遇される社会に対し、知性と戦略で闘った平和的エッジーナ

ロンドンの英議会前広場にはチャーチルやガンジー、リンカーンなど歴史的偉人の銅像が建てられています。2018年、この地に初めて女性の銅像が新たに建てられました。その人物とは、ミリセント・フォーセット。女性の参政権を求める運動を先導してきた人です。

前回ご紹介した女性参政権運動の“過激派”エメリン・パンクハーストと同時代を生き、その対照的な活動から“穏便派”と呼ばれる組織「NUWSS(Union of Women’s Suffrage Societies)」を主導しました。

ミリセントはイギリス東海岸のサフォーク州に生まれ、裕福な家庭で育ちます。20歳の時にケンブリッジ大学教授で急進派国会議員のヘンリー・フォオーセットと結婚すると、夫の政治秘書を務めるように。その後は女性の大学進学に力を入れ、1970年には「初心者のための政治経済」という書籍を出版。ケンブリッジ大学の女子大であるニューナム・カレッジ設立にも貢献しました。

ミリセントは19歳の時から女性参政権運動に積極的に参加し、そこから人生の大半を運動に費やします。1987年、これまでの女性参政権団体を再統合してNUWSSを組織し会長に就任すると、国会議員へのロビー活動、リーフレットの発行、静かなデモ行進や集会など、法律に則った活動で地道に女性参政権を訴え続けます。

「言葉より行動を」を掲げて過激な行動に訴えるエミリン・パンクハーストに対し、彼女の考えは「女性にも政治に参加するだけの知性や能力があることを証明して権利を得る」というもの。知識人や有産階級の女性を活動に取り込む、まずは段階的に中産階級の女性参政権を主張するなど、平和的かつ戦略的な方法で活動の輪を広げていきます。

世間に対するインパクトはパンクハーストが主導する過激な活動のほうが大きったでしょうが、犯罪行為を受け入れられない人たち、過激な行動に疲弊した活動家たちの受け皿として地道に拡大していき、NUWSSはやがて社会から認められるようになり、活動を支持する政治家も増えていきます。過激な活動を繰り返していたパンクハーストの団体が活動停止を宣言し、第一次世界大戦への協力に専念する姿勢を見せたことも、女性参政権団体への理解を深めることにつながりました。

そして1918年、彼女たちの主張どおり財産に関する特定の条件を満たした30歳以上の女性参政権が認められ、10年後の1928年には21歳以上のすべての女性に参政権が認められます。この功績により、1925年にフォーセットはイギリス王室から「デイム」の勲章を与えられました。

フォーセットは参政権運動を行う際、冒頭の「勇気は勇気を随所に呼び起こす」と記した旗を持って活動していました。一人の勇気が、他の人の勇気に連鎖していく。あなたが勇気を起こせば、臆病な人に勇気を与えられる。パンクハーストとはまた違ったアプローチで、行動を起こすことの大切さを教えてくれる名言だと思います。