【エッジーナの名言】 マリッサ・メイヤー「これ、私には無理じゃない?ってことに挑戦し続けるのよ」

“私はいつも一番頭が良くて面白い人たちと仕事をするようにしていた。

そして、「これ、私にできるかしら?無理じゃない?」と思うような難しいことに挑戦し続けてきたの。

それが成長の近道よ”


――マリッサ・アン・メイヤー

 

2008-09-08_11-46-42” by TechCrunch50-2008 is licensed under CC BY 2.0

マリッサ・アン・メイヤー(1975-)
実業家、Google元副社長、Yahoo!元CEO

 

ハイリスク・ハイリターンの道を選び、ハードワークで成功を掴んだエッジーナ

マリッサ・アン・メイヤーはGoogleYahoo!という巨大IT企業に大きな成長をもたらした人物。

ビジネスの才覚はもちろんのこと、その美貌から多くの女性の憧れの的となり、「フォーチュン」誌が毎年選定する「50 Most Powerful Women」に何度もランクインしています。

 

メイヤーはアメリカのウィスコンシン州で育ち、スタンフォード大学で人工知能についての研究を行っていました。

当時からコンピューター・サイエンティストとしての才能に長けていた彼女は、一流コンサルティング企業や大学教授のオファーもありましたが、リスクは大きいが優秀な社員がたくさんいるという理由で、まだ20人程度しか社員がいない小さな会社だったGoogleに初の女性エンジニアとして入社します。

 

彼女はGoogleで誰よりもハードワークをこなしたことで有名です。

寝る時間やシャワーの時間、トレイに行く回数すらも戦略的に練って時間を生み出し、昼夜問わず働き続けました。しかし、しばらくするとGoogleのエンジニアたちが如何に優秀であるかに気付き、エンジニアとして勝負することを潔く諦めます

 

UI分野で才能が開花。Googleの「使いやすさ」の基礎を築く

メイヤーが新たに挑戦したフィールドは、ユーザーインターフェース(UI)の分野。

エンジニアとして培ったデータ分析の能力などを生かしながらフォントの改善、プロダクトの改善などを次々と提案し、一年後にはUI責任者に就任。今もなおGoogleに根付いている「使いやすさ」の基礎を築きました。

さらに、スタンフォード出身の優秀な学生をGoogleに入社させるための仕組みづくりにも挑戦し、数多くの優秀な若手を獲得することに成功。

こうした手腕が認められ、入社わずか6年で副社長に抜擢されるのです。その後もGoogleの発展に寄与し続け、2012年まで彼女はvice presidentとして手腕を発揮します。

 

ライバル企業への電撃移籍!?

一方、最大のライバル企業であるYahoo!はGoogleに検索エンジンの主導権を奪われ、FacebookやTwitterの台頭もあってシェアは縮小する一方。抜本的な改革を必要としていました。

かつての栄光を取り戻すために欠かせないのは、素晴らしいプロダクトを生み出せる存在。そこで何と、ライバル企業のGoogle副社長であったメイヤーに声をかけるのです。

彼女もちょうど新しい挑戦が必要と感じていた時期だったため、双方の利害関係が合致。彼女が散々苦しめてきたYahoo!への電撃移籍が実現し、弱冠38歳でYahoo!のCEOに就任したのです。

 

当時のYahoo!はシェアの奪還が最大の課題でしたが、一方で急成長中のアリババの株を40%も保持していたため、利益を出さなくても安泰な状況ではありました。

今こそが挑戦の好機と考えたメイヤーは、プロダクトのラインナップの大胆な整理・再構築と、トップページの度重なるブラッシュアップを推進。スマホシフトへの未来を予見して、モバイルファーストへの移行も成功させ、停滞していた株価も従業員も息を吹き返すのです。

こうした圧倒的な成功によって、彼女は少なくともGoogleで3億ドルYahoo!で2億ドルの報酬を得るなど莫大な富も手にしています。

 

ハイレベルな挑戦を選択し続けることが、圧倒的な成長につながる

彼女の出世の極意は、まさに冒頭の名言にあるように、数ある選択肢の中から最も刺激的で、自分よりもレベルの高い挑戦を選んできたことにあるでしょう。

もちろん、ハードワークをこなす体力や精神力、エンジニアならではのブラッシュアップ精神も成長の大きな助けとなったことは間違いありませんが、なによりも「最も挑戦できるチャンス」を常に選ぶ。

その積み重ねが自分をさらに大きなものへと成長させ、さらに大きな成功を掴み取ることにつながったのだと思います。